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「うむ」
練吉はふつと思ひ出し笑ひをした。それは微笑と云ふよりは、気の好い、何だかすべつこい、いくらか相手を軽蔑したやうな表情だつた。
しかしこんな田園詩イデイイルのなかにも生活の鉄則は横たわっている。彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使っているのではない。「食えない!」それで村の二男や三男達はどこかよそへ出て行かなければならないのだ。ある者は半島の他の温泉場で板場になっている。ある者はトラックの運転手をしている。都会へ出て大工や指物師になっている者もある。杉や欅の出る土地柄だからだ。しかしこの百姓家の二男は東京へ出て新聞配達になった。真面目な青年だったそうだ。苦学というからには募集広告の講談社的な偽瞞にひっかかったのにちがいない。それにしても死ぬまで東京にいるとは!おそらく死に際の幻覚には目にたてて見る塵もない自分の家の前庭や、したたり集って来る苔の水が水晶のように美しい筧かけひの水溜りが彼を悲しませたであろう。
「今日はえらい早いお帰りだね」
房一は手答へのないのを感じた。
「ねえ!」
それまで房一は、加藤巡査を通じて出張所と話をつけ、何らかの形で収拾させたいと考へていたのである。が、彼の素速い判断力は今はその余裕もないことを見抜いた。
あの坊主は前からあんな頭をしていたのかしらん。――さう云へば、子供の時分いつしよに遊んでいるとき見たやうに思つた。――練吉はそんなことを考へていた。
「脚気の方は?」
「大きに。ありがたうござんす。よろしう頼んます」
その頃の宿屋には二階の便所はないので、逗留客はみな下の奥の便所へ行くことになっている。今夜も二階の女の客がその便所へ通って、そとから第一の便所の戸を開けようとしたが開かない。さらに第二の便所の戸を開けようとしたが、これも開かない。そればかりでなく、うちからは戸をこつこつと軽く叩いて、うちには人がいると知らせるのである。そこで、しばらく待っているうちに、他の客も二、三人来あわせた。いつまで待っても出て来ないので、その一人が待ちかねて戸を開けようとすると、やはり開かない。前とおなじように、うちからは戸を軽く叩くのである。しかも二つの便所とも同様であるので、人々もすこしく不思議を感じて来た。
「射撃たつて、あれはクレーとかいふものを射つんでせう。わたしはね、他に何か的まとでもあるのかと思つたら、何のことはない、小さなカワラケの皿をね、かうひよつと機械仕掛けでとばしてね、――そいつを射つんでせう。なるほどうまい仕掛けにはちがひないが、見ているとあつけないもんですな。それに音だつてね、景気よくないんですよ。ボスツといふやうな音でね」