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    「へえ。ちよつとばかし――」

    ――房一がさういふことを耳にしたのはごく最近である。しかし、いづれにしても房一には直接関係のないことだつた。

    うまい工合だと感じた房一はすかさず云つた。

    「あら、お帰んなさい。随分早かつたのね。もう済んだんですか」

    「すみましたよ。さあ。何でもありませんなあ。ぢき起きられますよ。ごく軽いんですからね」

    気がつくと、ふしぎな位人影がちつとも見えなかつた。よく乾いた路がのんびりとした曲り工合を見せて前方を走つていた。部落のとつつきの石垣の突き出た農家の先を曲ると急に家並びが見えて来た。

    「あ、ちがふ、ちがふ。さういふんぢやないんだよ。この辺へ来るわけぢやないよ。船は船だらうが、四国の松山といふ所へ収容所ができるらしいんだな。そこへ運ばれるんだ。――こんな所を通るわけぢやないよ」

    一度房一は家中の眼をぬすんで一人で馬を引き出したことがある。彼は馬小屋の壁の横木によぢ登つてそこから馬に乗らうとしたが届かなかつた。考へた末に木箱を幾つか探して集めてそれを段々に積み重ね、その上から馬の背に渡らうと試みた。それはうまく成功した。馬は彼にとびつかれて始めは驚いて二三度首を振つたが、彼が次兄の日頃やる通りの真似をして落ちついて、短い足で何度か蹴ると、馬は思ひ出したやうに足を踏み出した。

    「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」

    「何かの、それは」

    答へながら、彼は紅くなつていた。

    「いるかね。いたら、高間さんが御挨拶に見えたからと――」

    「ほゝう!」

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